滋賀県の身体障害のある人への支援の歴史
学校に通う、外へ出かける、仕事をする。身体障害のある人への支援の歴史には、生活の場にある障壁を、本人や家族、地域の人たちが問い直してきた歩みがあります。大津の団体や働く場の歴史から、その一端をたどります。
本人や家族がつながる
大津市障害者自立支援協議会の年表には、1963年の大津市肢体不自由児者父母の会、1966年の大津視覚障害者協会、1970年の大津市ろうあ福祉協会の結成が記されています。
身体障害といっても、体の動かしにくさ、見えにくさ、聞こえにくさなど、直面する困りごとは異なります。人がつながる場は、個々の家庭だけで抱えていた問題を、地域の課題として伝えていく基盤にもなります。
1974年、福祉センターの開設
同年表には、1974年に心身障害者福祉センターが開設されたことも記されています。現在の大津市立障害者福祉センターにつながる施設です。地域の団体の活動とともに、公的な施設を整える歩みも進んでいきました。
父母の会から、働く場へ
大津のいしづみ会の歩みは、1988年7月の「日吉中学校区障害児父母の会いしづみ会」の設立から始まります。1998年4月には「いしづみの家共同作業所」が開所しました。子どもの時期にできたつながりが、学校を卒業した後の生活や活動の場へと続いていく歩みが読み取れます。
2005年7月には、身体障害者通所授産施設「いしづみ」が大津市錦織に開所しました。2009年4月には就労継続支援B型と就労移行支援の事業を開始しました。就労移行支援は2012年7月に廃止されたと、法人の沿革に記されています。1998年の共同作業所と、2005年の身体障害者通所授産施設は、区別して記録されています。
場所をつくり、参加できる条件を整える
働く場所や活動の場とともに、参加しやすい環境を整えることも大切です。入口まで移動できるか、トイレを使えるか、説明を受け取れるか、体に負担の少ない方法で作業できるか。本人の希望や状況を確かめながら、こうした条件を整えていくことが求められます。
また、肢体の障害への配慮だけでは、見え方や聞こえ方に関わる困難を解消できません。歴史を一つの流れにまとめすぎず、それぞれの人たちが何を求め、どのような活動を続けてきたかを知ることが、今の暮らしの中の障壁を見つける手がかりになります。
