滋賀の養護学校と、学ぶ権利の歩み
学校に通い、先生や友達と出会う。その機会が、障害や病気のある子どもたちに初めから等しく開かれていたわけではありません。滋賀の学校の沿革から、学ぶ場を広げてきた歩みをたどります。
学校に通えない子どもがいた時代
かつては、障害や病気などを理由に就学を猶予・免除され、学校で教育を受ける機会を持てない子どもたちがいました。全国的には1979年4月の養護学校義務制実施が大きな節目です。文部科学省の歴史資料には、この前後で就学猶予・免除者が大きく減ったことが記されています。
その後も、学ぶ機会と教育内容を充実させる取り組みが続いています。学籍の確保とともに、その子に届く教育をどう整えるかが問われ続けてきました。
学級から分校、そして独立校へ
鳥居本養護学校の沿革には、1963年に「さざなみ学園」内に鳥居本小学校の学級が、1965年に中学校の学級が開設されたと記されています。1977年には県立大津養護学校鳥居本校舎の中学部、1978年には小学部が開設されました。
1979年に分校となり、訪問教育も始まります。1981年には高等部が開設され、1984年に県立鳥居本養護学校として独立しました。一校の歴史にも、学ぶ年齢や方法を段階的に広げてきたことが表れています。
通学が難しい子どもにも学びを
訪問教育の記録は、学校へ通えるかどうかだけで教育の機会を分けず、学びを届ける取り組みがあったことを伝えます。現在の鳥居本養護学校も、医療や福祉と連携して治療と学習の両立を支える学校として、その特徴を説明しています。
体調に合わせた時間の使い方、分かりやすい伝え方、安心して過ごせる環境。学校をつくることと、その子が実際に学べる条件を整えることは、どちらも大切です。
卒業後の生活につながる教育
滋賀県立甲南高等養護学校は、2004年4月の併設研究指定を経て、2007年4月に滋賀県立甲南高等学校へ併設する形で開校しました。最初の入学式や体育祭、文化祭は甲南高校と合同で行われています。
学ぶ場所に加えて、同世代と過ごす経験や社会に出る前の学びをどうつくるか。卒業後にどこで働き、誰と過ごし、どのように暮らすのかという問いは、作業所や地域の支援の歴史ともつながります。
今も使われる「養護学校」の名前
滋賀県には、現在も正式な校名に「養護学校」を使う学校があります。鳥居本養護学校も自校を特別支援学校と説明しており、養護学校は全て昔の呼び方になったとはいえません。
名称や制度の変化だけでなく、その中で子どもが何を経験できるようになったか。そこに目を向けると、学ぶ権利を、本人に届く教育を受けられることとして考えられます。
現在の滋賀県内の養護学校
滋賀県教育委員会の学校一覧(2026年4月17日更新)に掲載されている、県立の養護学校・高等養護学校は次のとおりです。所在地とともに紹介します。
- 滋賀県立鳥居本養護学校(彦根市)
- 滋賀県立守山養護学校(守山市/大津分教室は大津市)
- 滋賀県立北大津養護学校(大津市)
- 滋賀県立長浜養護学校(長浜市/伊吹分教室は米原市)
- 滋賀県立草津養護学校(草津市)
- 滋賀県立野洲養護学校(野洲市/北桜校舎を含む)
- 滋賀県立三雲養護学校(湖南市/石部分教室は湖南市、紫香楽校舎は甲賀市)
- 滋賀県立新旭養護学校(高島市)
- 滋賀県立八日市養護学校(東近江市)
- 滋賀県立甲良養護学校(犬上郡甲良町)
高等養護学校
- 滋賀県立北大津高等養護学校(大津市)
- 滋賀県立長浜北星高等養護学校(長浜市)
- 滋賀県立甲南高等養護学校(甲賀市)
- 滋賀県立愛知高等養護学校(愛知郡愛荘町)
このほか、県内の特別支援学校には、滋賀県立盲学校(彦根市)、滋賀県立聾話学校(栗東市)、国立の滋賀大学教育学部附属特別支援学校(大津市)があります。
